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2008年09月15日

「風の谷・フンザ」シリーズ、始まります。

「フンザ」という地名を聞いたことがありますでしょうか?
旅行が好き、と言う方でしたら、ひょっとすると、聞いたことがあるかもしれません。
「フンザ」は、パキスタン北部にある谷の名前。
パキスタンの首都・イスラマバードから北へ17時間ほど車で行ったところにあります。
7,000mを超すカラコルムの山々に囲まれた美しい谷で、
旅行者の間では「桃源郷」と呼ばれることもあり、
四季を通じて、パキスタン国内外からたくさんの観光客が訪れます。
日本人旅行者からは、宮崎駿監督作品「風の谷のナウシカ」の
「風の谷」のモデルになった土地ではないか?なんていう噂も出回っており、
噂の真偽のほどは定かではありませんが、
フンザを訪れた日本人旅行者が「なるほど、確かにここは風の谷かもしれない。」と
思わず納得してしまうほど、
穏やかで美しい景観に恵まれた土地でもあります。

今回ヘイヘイ屋は、そんな「風の谷・フンザ」から商品を入荷。
今後このブログで、フンザと、フンザから入荷した商品について、
皆様にご紹介していきます。


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2008年09月20日

フンザのイスラム教・イスマイリー派

フンザのあるパキスタンの国教はイスラム教。
みなさんイスラム教と言えば、
1日5回お祈りをする、ラマダンと呼ばれる1ヶ月の断食をする、
豚肉を食べてはいけない、女性はブルカをかぶって歩いている…
といったイメージを想像されるかと思います。
風の谷・フンザに住む人々も、イスラム教を信仰していますが、
その多くが、イスマイリー派と呼ばれる宗派に属しています。

イスマイリー派は他の宗派とは異なる点を数多く持つ、
イスラム教の中ではちょっと特殊な宗派。
1日のお祈りの回数も3回で、断食をする人も少なく、
モスク(イスラム教徒の教会)はなく、
ジャマット・カーナーと呼ばれる集会所を持っています。
そして、ジャマット・カーナーへは、
イスマイリー派の人々以外、足を踏み入れることはできません。)
イスマイリー派の指導者はプリンス・アガ・カーンという人物で
住まいのあるロンドンから、世界中のイスマイリー派の人々を指導する
精神的・宗教的なリーダーとなっています。
現在イスマイリー派では、教育や女性の社会進出を推奨しており、
そのためフンザでは、就学率の低いパキスタンにおいてトップクラスの就学率を誇り、
手に職を持って活躍している女性も多く見かけます。

ヘイヘイ屋が入荷したフンザの商品も、
外に出て積極的に活躍している、フンザの女性達の手によって作られたもの。
ひとつひとつが非常に細かい作業の手刺繍なので、
インドやネパールなどの商品に比べると、全体的に高めなのですが、
その分、作りもしっかりしています。
また、女性達が作った商品を多く仕入れることで、
女性達の地位や生活向上にも貢献することができます。

2008年10月19日

女性達の手によるフンザの刺繍

風の谷・フンザから仕入れる商品のほとんどには、手刺繍が施されています。
この刺繍こそ、フンザの伝統的な手刺繍。
現在も女性達が、昔と変わらぬ手法で、ひとつひとつ刺繍を作り上げています。
フンザの手刺繍の仕事に携わる女性の中には、100歳を越す年齢のおばあちゃんも!
実はフンザは、世界3大長寿の里の一つ。
100歳を越すおばあちゃんでも、若い人に負けないくらい活躍しています。

フンザの手刺繍は、一針一針を細かく、そして狂いなく進めていかなければならない
とっても時間のかかる、手の込んだ技術の仕事。
そのためどうしても、商品ひとつひとつのコストが上がってしまいます。
ヘイヘイ屋で取り扱っている他の商品に比べると、
非常に高く感じてしまうのでは…と思いますが、
それでも、この手刺繍を実際に手に取ってみていただければ、
これらのフンザの手刺繍商品には、これだけの価値があると言うことが
きっとわかっていただけるはず!
WEB上では、どうしてもこの刺繍の良さを伝えきれないため、
可能であれば、ヘイヘイ屋の参加するイベントなどで
実際に手に取って見てみることをお薦めします。

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日本の皆さんがフンザの手刺繍商品を手にして喜んでくれることを想像しながら、
今日もフンザの女性達は、一針一針心を込めて、刺繍をしています。

2008年10月25日

美男・美女の宝庫、フンザ

フンザはパキスタン北部にあり、地域的にはアジア圏に属しています。
日本人の想像するパキスタン人の顔と言えば、
黒い髪、黒い瞳、褐色の肌に、彫りの深い顔立ち…
というのが定番ではないかと思いますが、
では、同じパキスタン人であるフンザの人々も、そのような顔立ちなのか?と言うと、
実はそうではありません

フンザに住む人々のルーツはとても複雑で、
中には「フンザの人々はアレクサンダー大王の当方遠征についてきた部下達の末裔である」
などという説もあります。
フンザのほとんどの人々が、黒い髪、黒い瞳をしていますが、
パキスタン中部から南部に住む人々に比べると、色白の肌をしています。
中には金髪碧眼の、まるでヨーロッパ人のような顔立ちの人や、
目が小さく、鼻も低めの、私達日本人を思わせるような顔立ちの人もおり、
フンザに住む人々の顔を観察するだけで、その複雑な民族性を垣間見ることができます。

また、フンザは美男・美女の宝庫でもあり、
東洋と西洋をうまくミックスした、
何とも言えないエキゾチックな魅力をもった人々が大勢います。
子供達のかわいらしさと言ったら、それはもう、言葉には表せないほど!

景色の素晴らしさといい、人々の美しさといい、
フンザに来ると、思わず誰もが
カメラを手に歩き回りたくなってしまうのではないでしょうか?

2008年10月27日

バルティット フォート

フンザは昔、
フンザ、ナガル、ギルギット、アストレー、バルティスタン、ヤスィーン、カシミールの、
7つの王国から成り立っていました。
1947年8月14日、パキスタンはインドから分離・独立を果たしましたが、
フンザを始め、各王国は1974年まで「王国」として独立し、
それぞれの国王により自治が行われていました。
現在旅行者の拠点となっている町・カリマバードは、
当時はバルティットと呼ばれ、約960年の間フンザ王国の首都として
ミールと呼ばれる国王一族によって統治されていました。
カリマバードには1945年まで実際にミール一族が住んでいたという
バルティット フォートが残っており、
博物館と言う形で修復・保存された現在、中を見学することも可能になっています。

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バルティット フォートは、いわばフンザの象徴のようなもの。
ヘイヘイ屋では入荷しませんでしたが、
フンザでは、このバルティット フォートを刺繍したお財布や、タペストリーなども
たくさん販売されています。
東京で東京タワーが、京都で金閣寺がプリントされたペナントが
売られているようなものでしょうか!?
バルティット フォート・グッズは、フンザ旅行に訪れた方には
絶好のお土産かもしれませんね!

2008年10月29日

フンザの女性達 その1

フンザを旅行に訪れた方は、ガイドや、地元の人から
「フンザはパキスタンの他の地域と異なり、女性も自由である。」
といった話を聞く機会があったのではないかと思います。
確かに、フンザに住む多くのイスラム教徒の宗派であるイスマイリー派は、
女性の社会進出を推奨し、女性の地位向上のための様々な活動を行っています。
ヘイヘイ屋が入荷した商品も、
女性の社会進出を応援するNGOをバックに持つお店より仕入れをした物です。
では、フンザに住む女性達は、パキスタンの他の地域に住む女性達と異なり、
本当に自由なのでしょうか…?

ヘイヘイ屋のバイヤーが、フンザで女性達と多くの時間を過ごしながら知ったことは
「フンザといえどもパキスタン、イスマイリー派と言えどもイスラム教」
と言うことでした。

これからしばらく、
「ヘイヘイ屋バイヤーが見たフンザ」を
皆様にお伝えしていこうと思います。


2008年10月30日

フンザの女性達 その2

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フンザに住む人々、イスマイリー派の人々は、女性の社会進出を応援しています。
でもだからといって、それが女性達の自由につながる、と言うことではないようです。
フンザを訪れる旅行者は、パキスタンの他の地域同様、
フンザの「男性」と話をする機会が多いかと思いますが、
その際、フンザや、イスマイリー派の文化に関する話になると
大まかには、このような話をする人がほとんどなのではないでしょうか。
「イスマイリー派は、イスラム教の他の宗派と違う、モダンな宗派だ。
女性がショールで髪を隠して歩く必要はないし、学校へ行き、卒業すれば仕事だってする。」
しかし、こういった話を女性達とすると、全く違う答えが返ってきます。
「実際には、ショールをかぶらずに出かければ、男達が陰口を叩いたり、
父や兄に“お前の家の娘は躾がなってない”って、告げ口をしたりするのよ。」

ヘイヘイ屋のバイヤーは、この話を聞くと、いつも嫌な気持ちになります。
女性が髪を被わなければならないと言う、
イスラム教の、フンザの文化が嫌だと言うのではありません。
ずっと昔からある文化・風習ですし、
それなりの理由があるからこそ、今もその文化が人々の心に残ってるのでしょう。
バイヤーが嫌だな、と感じるのは、
男性達が「旅行者向けのタテマエ」と「地元女性向けのホンネ」を使い分けていること。
女性達がショールで髪を被って歩くのがフンザの文化であり、
男性達もそれが好ましいと思っているのならば、
なぜ旅行者に、口先だけの話をするのでしょう?
自分たちの文化に誇りを持っているのならば、
もっと堂々と、本当のことを話せばいいのに…と、いつも思います。

もちろん、全ての男性がこうではありませんし、
フンザにも都会や海外からの情報がどんどん入ってくるようになり、
若い世代の人々の考え方は徐々に変わってきつつあります。
それが正しいことなのかどうか、時間が過ぎてみなければわかりませんが、
いつかフンザが、女性達が心から気持ちよく過ごせる土地になるといいなぁと、
ヘイヘイ屋は応援しています。

2008年10月31日

フンザの女性達 その3

「男性の言うモダンなイスマイリー派とは、男性達の自由・解放が中心で
女性達は根本はまだ、イスラム教とフンザの文化に従いながら生きなければならないのよ。」
これは、フンザに住む女性達の言葉です。
確かに、このフンザでは服装の自由、結婚の自由は、未だ男性だけのものであり、
女性達はたとえジーンズを履きたいと思っても、
もし外国人や他の宗派の男性と結婚をしたいと思っても、
父や兄が許してくれない、と、大半が諦めざるをえません。

女性の社会進出に関しても同様。
女性達は大学で学び、手に職を持って働くことを夢見ていますが
実際には、フンザと言う、山に囲まれた狭いエリアでは
田舎である故に職を求める全ての女性達に働く場所を与えるのは難しく、
かといって、女性が職を求めて街に出て行くのを、家族の男性陣はよしと思っていません。
せっかく高い学歴と優れた技術を持っていても、それを持て余している女性が大勢います。
また、職を見つけ、外に出て働いている女性達にも
「私も外で働くようになったのに、家の男性は家事を全く手伝ってくれない。
女性が社会進出するべきだと言っても、これでは女性の負担が増えただけなのでは。」
などという不満があるようです。
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昔は日本でも「男は外で働き、女は家の仕事をする」と言うのが当然のことでした。
今では男女の平等をうたい、女性も男性同様社会で活躍をし、
家事を手伝う男性も増えてきました。
このように、フンザの文化や人々の在り方が変化していくことが
フンザにとって良いことであるのか、悪いことであるのかは別として、
いつかフンザも、日本のように変化する時が来るのでしょうか?

2008年11月01日

フンザの女性達 その4

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ヘイヘイ屋で紹介しているフンザの手刺繍商品「風の谷・フンザ」シリーズは、
帽子やコットンシャツをのぞき、全て女性達の手による作品です。
お客様にフンザの手刺繍商品を買っていただくことが、
フンザの女性達の地位を、本当の意味で向上させていくきっかけになるかもしれません。
ヘイヘイ屋を通してフンザの手刺繍商品をお求めになったお客様が
これまで紹介してきたフンザの女性のホンネに、少しでも耳を傾けてくだされば、と思います。


最後に、ヘイヘイ屋バイヤーが、フンザの22歳の女性から聞いた
最も印象的だったお話を皆様にご紹介いたします。

「私の夢は、海外で働くこと。
でも、そんなのは無理なことだって、わかっているの。
家族が許してくれるはず、ないもの。
だけど、夢を見るのは、悪いことではないよね?」

最初から諦めなければならない夢しか見ることができないこの女性は
すでに両親の決めた婚約者がいて、
近いうちに結婚をし、相手の家に納まることが決まっていました。

「努力すれば、夢は叶うもの。叶う可能性があるもの。」
いつかフンザの女性達が、こんな風に考えられる日が来るといいなと思います。

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